コラム

2021.01 京はやましろ、川の町…疫病退治の牛頭天王(ゴズテンノウ、ゴズダイオウ)に初詣で、若王子山麓の熊野権現

新年おめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

牛頭天王

 今年は丑年。天満宮の牛は、なで肩のやさしい顔つき、撫でると賢くなるとの言い伝えで、顔も肩もお尻もツルッツル!対して牛頭天王は、いかり肩で体中から力感があふれている。その牛頭天王が市内で唯一姿を現して鎮座ましますのが、若王子山麓の熊野若王子神社である。平安時代末期、後白川法皇は乱れた洛中を逃れるように熊野詣に赴き、生涯で34度も参拝したという。それが昂じて、洛中熊野三山として熊野本宮、新宮、那智大社を京都に招き分社したのが、新(イマ)熊野神社と聖護院の熊野神社、そして熊野若王子神社である。この若王子神社は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)を奉ずる那智大社の分社であることから、同一神である牛頭天王を祀ったと言われ、熊野天王町から鹿ケ谷を経て哲学の道の起点、疎水の対岸に位置する。(丸太町通りと白川通りが交差する辺りが天王町だが、この町名はおそらく牛頭天王からきているのだろう。)

 牛頭天王は謎の神様である。身体は人間だが、顔は牛だとか?インドのお釈迦様が修業した祇園精舎の守り神で中国・朝鮮を経て日本に伝わったとされるが、しかしインドにも中国・朝鮮にもその信仰の跡が無く、もっと西のシュメール神話と関連付ける説もあれば、日本書紀には日本の神の元締め天照大御神の実弟である素戔嗚尊が新羅の国に渡った時には牛頭天王と名乗っていたかのような記述。他方では、伝承として素戔嗚尊が旅の途中でお世話になった蘇民将来その人だとの説もあり、本地垂迹説やら神仏分離や習合やら、日本神話と仏教、さらに土俗信仰まで混ざり合って諸説紛々だ。このような出自を変え姿を変えて生き残ってきた牛頭天王は、為政者や権威者がいくら嫌っても、得体のしれない疫病に立向かう頼れる神様として民間レベルでは信望が厚かったということなんだろう。呼称も天王(テンノウ)とか大王(ダイオウ)とか大神(オオミカミ)と様々だが、共通しているのは角の有る男、それも剛力の大男で、疫病退治にパワーを発揮する異形の神さんということである。

若王子神社

 若王子神社の牛様の台座の石には『牛頭大神』と刻まれている。にも拘らず、それでは昨今の参拝者に人気が出ないのか、台座の銘文を覆い隠すように板が張られて、傍らには遠慮がちに『撫で牛』の張り紙。牛頭天王の疫病退治のパワーが弱くなったのか、それとも人々が奉らなくなって牛頭天王がソッポを向いてしまってウイルスが蔓延するようになったのか?そういえば、牛頭天王、素戔嗚尊、蘇民将来という疫病退治の御三家を祀ってる八坂神社ですら、昨年は山鉾巡行を取り止めた。ひたすら疫病神に恭順の意を表している。闘う前から戦意喪失の阪神タイガース。これでは、新型コロナウイルスにはとても勝てない。勿論、お参りや信仰で勝てるほどウイルスは柔くないが、大事なのは心構え。参拝を通して、ウイルスに負けない自覚と自信、気分一新新たな決意がみなぎってくるはずだが…。

 それにしても、中途半端な政府の対策。三密避けてマスク着用と手洗い励行の自己防衛しかないのか!最終的にはワクチンということになるのだろうが、それまでしっかり免疫力をつけておきたい。幸い、若王子神社付近も背後の若王子山も、銀閣寺や永観堂の近くでありながら、市内には珍しい過疎地。深山幽谷の本場熊野に引けを取らない。神社の裏手の山道を5分ほど歩けば天龍白蛇弁財天を祀る祠があり、その奥に那智の滝を模したミニチュア滝がある。後白河法皇が熊野詣の前に身を浄めたという落差5m足らずの天龍の滝である。冬場は特にか細い水量で氷のように冷たい。とても滝に打たれての気にはならないが、その一帯は本場の那智の滝に劣らない奇岩老樹、深い谷間の狭間で、夏でも冬でも冷やりと霊気が漂っている。もちろん三密にはほど遠く、コロナウイルスとは無縁の別天地である。

 丑年の初詣は、牛頭天王にお参りし、天龍の滝で気を引き締めて、若王子山に登ってパワーをつけよう。(M)