コラム

2019.10 レトロ京都…バブルもデフレも乗越えて、白壁・甍の裏寺町と新旧ないまぜ柳小路

裏寺町 実感の伴わないまま好景気が持続していたという平成時代は、深く静かにデフレ経済が浸透した30年でもあったが、狭い京都の都心部では地価は上がり続け、それがまた投資を呼ぶということになり、ミニバブルのような状況である。特に最近はホテルや簡易宿泊所の建設ラッシュとなり、キリンが小さなハンチングを被ったような不細工な庇をつけたビルが町家の間に目立つようになってきた。

 しかし、『サスガー京都!』と言わせるエリアが街のど真ん中にある。本山でも観光寺院でもないお寺さんが、それぞれ固有の本堂と墓地を持って連なっている。京都一の繁華街である河原町通りと新京極の間のエリアが裏寺町、その街を縦に走る通りが裏寺町通。寺町通は表の通り、新京極はそのバイパスでお土産屋さん通り、寺町から見れば実は奥の院なのが裏寺町。そこに町民檀家に支えられたお寺さんが甍を並べ、白壁が続く。バブルのさ中には、文字通り地上げ(…寺上げ?)されて、仏さんはビルの最上階に祀られているお寺や、大型店舗を構えたものの倒産したショッピングCもあったが、今も20余りの墓地を持ったお寺が並ぶ。
 賑やかな河原町通りと新京極通の間のこの白壁のお寺街は、夜間は勿論、昼間もひっそりし、時たま出会う人もうつむき加減に歩いている。柳小路煩わしい世間のやり取りからひと時逃れ放心できるこの街中での静寂は、レトロ京都そのものかも知れない。そしてこの裏寺町通りの南端にあるのが、その名もレトロな柳小路。北から来ると場末なのだが、通り抜けると、すぐそこは四条河原町である。

 そこはかとなく柳がそよぐ、出入口両側のお好み焼き屋さんは昔のまま。しかし、車も通れない細い路地の中は、かなり様変わりしている。小路の西側は、若者向けの小規模な今風Shop街。こだわりのトレンディグッズなどの他、上品なカウンターバーや小ジャレタ立飲み屋さんが、お行儀よく並ぶ。対して東側は歳月にいぶされたようなレトロな居酒屋が泰然と軒を連ねる。外観だけでなく、内部もメニューも、トイレの落書きもそのまんま昭和40年代。
 繁華街とビジネス街、そしてその極く近くにレトロなお寺街と飲み屋街が隣接してモザイクを形作る京都の中心部であった。(M)

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